保育園日記

運動会

[平成19年10月15日]

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今月6日(土)、秋季大運動会が開催されました。

前日の夜、雨が降って心配したのですが、 当日は雨も上がり、暑すぎず寒すぎず 素晴らしい運動会日和となりました。

今年は全体的に少し仕上がりが遅いような 気がして心配していたのですが、 本番が近づいてさすがに子供も先生も気合が入ったのか、 すばらしい仕上がりで当日を迎えてくれました。

子供達はどの子もみんなはりきって キラキラと輝いて見えました。 特に年長さんは難しいマスゲームや組体操で ピリリと引き締まった演技を見せてくれ 会場を沸かせていました。

妙福寺は伝統的に規律やケジメを大切にしてきました。 また、集団での行動・活動をとても重要視します。 その保育方針、園風が運動会にはよく表れます。 組体操や鼓笛隊(運動会の時期の鼓笛隊はまだまだ未熟ですが) などを見てもそれがわかるような気がします。 でもそれが良いのかどうか、議論になることもあるのです。

今の保育界は、子どもの自主性や自発性を大切にし、 自分たちで想像力を働かせて何かを成し遂げること、 またその過程をとても大切にしています。 そんななかで、自由保育よりも一斉保育を基調とし、 なおかつ鼓笛も一生懸命やっている我が園は 「?」の目で見られてしまうことがあるのです。

一斉保育は子どもの自発性や自主性、想像力などをスポイルする、 鼓笛は先生が血眼になって指導し子どもに苦痛を強いる、 などというイメージがあるのかもしれません。

でも私は運動会での子ども達の様子を見るたびに、 「うちの基本路線はこれで良し。」ということを思うのです。

緊張感を持って一つの舞台を立派に成し遂げ、 満足げで誇らしげな子ども達の輝いた表情を見るたびに、 ここにもたくさんの大切な物がある、と感じるのです。 要はバランスなのかも知れません。 自由保育であれ一斉保育であれ 行き過ぎればマイナスもたくさん現れます。

自主性、自発性、想像力。それらは非常に大切です。 妙福寺だってそれをとても大事にして保育に取り組んでいます。 でも、それと同時に、同じレベルで大切にしているのが 調和や協調性、皆がやるべきときはやるといったケジメです。 社会で生きていくためにはこれがどうしても必要なのです。

さまざまな力によって自分がこの世に生かされていることへの感謝。 たくさんの人に迷惑をかけながら生きている、 逆に、迷惑をかけないと生きられない自分という存在への認識。 それらがベースにあって初めて自主性や自発性、想像力の 素晴らしさ、大切さを語れるのではないでしょうか。 それがなければ、ただの自分勝手になってしまいます。

常に謙虚で、感謝や敬いの心を忘れず、 よく協力し助け合い、いつものびのびと明るい人になる。 それが妙福寺の保育の目標です。

少し話が飛躍し過ぎたかもしれませんが、 運動会の時はいつもそんな事を考えてしまうのでした。

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