保育園日記

仕込み

[平成30年12月11日]

テラスで年長男子が何やら作業中。

 

 

足元にあったのはこれ。(柿の皮)

 

 

ネットに入れて干しています。

 

 

隣のネットには、大量のみかんの皮も。

 

これは子供達の冬の仕事「たくあん作り」の準備です。園では毎年、給食で食べるお味噌やたくあんを子供達が手作りしています。冬になると近所の畑に「大根掘り」に出かけ、収穫した大根をテラスに干します。さらに給食で食べた果物の皮などもこうやって干して、それを大根と一緒にぬかの中に漬け込むのです。果物の皮を入れるとたくあんが美味しくなるんです。楽しみだな〜!

 

 

その隣には大量のバンペイユ。

 

実はこれは園児が収穫したのではありません。外部の子が無断でもぎ取ってしまったのでした。今年はバンペイユが豊作で、収穫の日をみんな心待ちにしていたのですが残念…。でもまぁ幸いなことにバンペイユは日持ちしますので、これはこのまましばらく追熟です。食べるのは正月明けくらいかな。木の方にもまだいくつか残っています。そちらは完熟するまで待ちましょう。楽しみ!

 

 

少し現場を離れて再び戻ってみると、柿の皮がこんなことになっていました…。なんじゃこりゃ〜? 皮が長いからこの方がやりやすかったのかな?しかし本当に長い…。もう、剥くの上手すぎー!(笑)

 

 

その奥(部屋の中)では収穫した稲の脱穀作業が始まっていました。今年はどれくらいのお米になるでしょう。

 

自分達で育て、仕込み、そして食べる。食べることは生きること。生活の原点ですね。生きるためのこういう作業が、子供にとってはそのまま楽しい遊びであり同時に素晴らしい学びの場になっていきます。

 

 

傍らではいわゆる普通の遊びも同時進行。これも生活です。

 

 

子供達は今、保育園で人生の仕込みをしています。(^^)

 

おゆうぎ会

[平成30年12月9日]

12月8日はお釈迦さまのおさとりの日、成道会です。保育園では昨日、この成道会をお祝いして「成道会おゆうぎ会」を開催しました。

 

 

1、2歳は日々の生活の中で親しんでいる歌や遊びを発表、3歳は音楽劇「おおきなかぶ」、4歳はオペレッタ「おーい!大江戸大どろぼう」、5歳は劇「成道会」をそれぞれ発表しました。

 

ホールは大入り満員のお客様。幕が開いた瞬間に会場の雰囲気に圧倒されて子供達が緊張してしまう様子が見られましたが、それでも元気に発表することができました。

 

 

今回一つ特に嬉しかったことがあります。年長の劇の最中、女の悪魔が王子を誘惑する踊りのシーンで音響担当の操作ミスがあり、音楽が突然止まってしまうというハプニングが起こりました。踊りの最中に曲が突然ストップして戸惑う女の悪魔達…。少し間をおいて再び曲が頭から流れ始めましたが、子供達はどうすれば良いか分からない様子でモジモジしています。あ、どうしよう…。見ている私も一瞬不安になりました。すると会場から自然に手拍子が始まったのです。それが子供達を励ますようにだんだんと大きくなって会場が本当に一つになりました。すると子供達はその手拍子に勇気づけられるようにして再びリズムに乗って体を動かしはじめ、今度は最後までしっかりと踊り切ることができたのです。

 

私は嬉しくて胸が熱くなりました。というのは、このおゆうぎ会では観覧席からの写真やビデオの撮影を禁止していますが、それはまさにこのためだと言っても良いような出来事だったからです。保護者の皆さんがカメラやビデオを手にして撮影に集中していたら、このような手拍子はなかなか生まれなかったかもしれません。そして子供達は緊張感と戸惑いとで、場合によっては泣き出すこともあったかもしれません。それが、子供達を包むような会場全体の温かい手拍子に後押しされて、子供達は笑顔で堂々と演じ切ることができたのです。操作ミスは担当職員としての大きな反省材料となりましたが、その結果、子ども達は皆さんの愛情をいつも以上に感じることができたと思います。

 

おゆうぎ会は保育です。保育は生活であり教育です。それは子供と大人との互いの関わりの中で一瞬一瞬作り出されていくものです。子供達は基本的に発表が大好きで、このおゆうぎ会もお父さんやお母さんに見てもらうことを楽しみにしながら毎日の生活の中で楽しく練習を積み重ねてきました。それでも本番はやはり緊張するものですし、こうした思いがけないハプニングも起きたりします。舞台の上に立つ子供達の緊張感や息遣い、喜びや不安、ありのままの姿を丸ごと全部受け止めて、包み込むように見守り寄り添い共に歩くのが、いわば見る側の大人の「仕事」でしょう。演じる子供と見る大人が互いに当事者となって真心を交換しあい、会場が一つになることがおゆうぎ会の持つ大きな意義の一つです。

 

 

今回は保護者の皆さんの愛情や真心を、改めて深く感じるおゆうぎ会になりました。子供達も確かにそれを受け取り、喜びや自信に繋げていくことができたはずです。素晴らしいおゆうぎ会でした。保護者の皆様、ご参観ありがとうございました。

落ち葉

[平成30年12月5日]

ただいま妙福寺の境内は落ち葉のピークを迎えています。風が吹くとまるで雨か雪のように空から一斉に降り注ぎ、地面を覆い尽くします。よく観察すると、例のケヤキのタネがくるくると風車のように回りながらゆっくりと飛んでいきます。それを探しながら降り注ぐ落ち葉を見ていると、途端になんだか「すごいな!」と感動して楽しい気持ちになり、同時に自然の命の営みの不思議をグッと身近に感じることができるようになる気がします。

 

 

参道や境内の掃き掃除は大変ですが、枯葉を蹴散らして歩くとカラカラと気持ちのいい音がして楽しくなります。落ち葉はきれいで楽しくていい匂い。気持ちがワクワクしてきます。きっと子供達も同じでしょう。

 

 

お風呂だそうです(4歳)。入らせてもらったらとても気持ちのいいお湯でした。落ち葉の温泉。

 

 

2歳の担任が子供と話しながら何かしています。

 

 

見てみると葉っぱのオバケが…。遊びの準備かな?

 

ちなみにこれ(右)はヤマザクラの葉っぱです。そっと匂いを嗅いでみると、桜餅に巻いてあるあの葉っぱの匂いがしてきます。あ〜ん、いい匂い♪

 

 

1歳も夢中。

 

 

落ち葉の美しさを楽しむ2人。

 

 

こちらはまた、

 

 

なかなかの迫力です。

 

 

4歳の女の子が「園長先生、ウサギできるよ、見せてあげようか?」と言うので「うん、お願い!」というと、「ほら!」と見せてくれました。

 

 

これです。かわいい落ち葉のウサギ。

 

 

砂のケーキを飾ったり、

 

 

穴ぼこに詰め込んだり、

 

 

落ち葉は楽しいです。

 

 

ん?何やら基地のようなものが作られ、その中で子供がワイワイやっています。

 

 

なんと稲の土をプランターから運び出し、棒で叩いて崩すという遊びでした。かなり盛り上がっております。

 

 

モジャモジャの根っこが取れると「うわー、大量のスパゲッティだ!」。

 

落ち葉とは違いますが、枯れ草の遊びです。

 

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都会暮らしのなかで落ち葉はすっかり邪魔者扱いですね。雨樋や排水溝が詰まる原因になるし、虫はわくし、車に踏み潰されて粉々になってアスファルトにこびりつくし…。汚らしくて迷惑以外の何者でもないと思っている方もあると思います。でもその一方で、子供達をこんなに楽しませてくれる素敵な存在であることも感じてほしいです。

 

落ち葉は自然がくれる最高の贈り物です。落ち葉の匂いは天然のアロマで疲れた心や体を癒してくれる力があります。音、色、形や模様、みんな違って気持ちがいいです。燃やせば焚き火になるし、土にかぶせればマルチングになります。そこには虫が集まって良い土を作り、それが次の緑の栄養になっていきます。大量の落ち葉の掃除は大変ではあるけれど、同時にありがたくて大切な存在です。

 

自然は生きています。そのなかで私達人間も生かされています。人間はいつも自分の都合で物事を考えますが、自然はそんな勝手な私達のことも暖かく見守り寄り添ってくれているのではないでしょうか。子供達とともに落ち葉をめで、楽しみ、感謝し、掃除をして、日々を積み重ねていきたいです。

 

サラサラ君

[平成30年11月30日]

砂遊び泥遊びは子供達の専売特許みたいなもの。砂場やその周辺では毎日様々な遊びが豊かに展開されています。

 

 

「えー、何やってるの?」と声をかけると、

 

 

「サラサラ君だよ。気持ちいいよ。」と教えてくれました。触ってみると本当にサラッサラで、ひんやり冷たくて最高です。大人の私も触っているだけで指先から全身が癒されていく感じ…。

 

 

「こっちはツブツブ君。」

 

この子はサラサラ君の中に手を埋めたり上からかけたりして、その感触をずっと楽しんでいました。砂をふるいにかけて遊んでいるのでした。

 

 

そうやって分類された土や砂を使い、泥だんごも色々なバリエーションが作られていきます。

 

 

テラスにはガッチガチの土の塊もありました。「ゴツゴツ君」と、たった今私が命名。本当にゴッツゴツ、ガッチガチなんです。

 

 

朽ち木の破片をおろし器にかけ、

 

 

出来上がった粉を

 

 

カップにストック。これはこれでまたしっとりサラサラです。

 

 

 

 

ふとその横を見ると、丸太で仕切られた基地のようなものができています。

 

 

「丸太がいいね。」と声をかけると「これ、なんだと思う?」と聞かれたので、「うーん、お家かな。」と答えると「違うよ、ゲームセンターだよ!」と答えが返ってきました。

 

ゲームセンター?

 

 

バケツに汲んだ砂を太鼓橋の上からこぼします。すると下にある机の板の合わせ目から細かい砂が地面にこぼれ落ちていきます。

 

 

それをバケツでキャッチする、というゲーム。

 

 

溜まった砂はロープで再び太鼓橋の上へと引き上げられていきます。いやはや、子供達は遊びの天才ですね。

 

 

しかしまぁ…、ものっすごいアナログなゲームセンターです。笑

 

 

砂遊びや泥遊びが子供の専売特許と最初に書きましたが、それは人生90年時代とまで言われるようになった現代にあっても、土や砂をこんなに無心にいじって遊ぶのは乳幼児期の数年間だけのことだからです。小学校以降は、成長するにつれてこうした姿がだんだん見られなくなっていきます。この時期の子供は汚れることを気にしません。なぜなら服を汚さないように気を遣うことよりも全身を使って自然と戯れて遊ぶことを脳が要求しているからです。

 

こういう遊びは子供の五感を豊かに刺激します。五感の刺激は子供の脳の形成に大きな影響を及ぼします。人間の脳は3歳頃までに80%、6歳頃までに90%完成すると言われていますが、脳がものすごい勢いで発達するこの時期は、本能的に様々な刺激を求め自分の中にそれを取り込む時期なのです。子供の体は脳のアンテナです。アンテナで感じ取った感触や匂いなどの刺激や体験は、全て脳の中に信号として取り込まれ蓄積されていきます。大人になった後に物事を考えたり想像したりする力は、その信号の数によると言われています。五感の遊びの体験が多いほど信号の数が増え、物事を考えたり解決したりする力が高く深くなるというわけです。つまりそれは生きる力が強くなるということです。保育園の子供達は今、将来にわたって強く生きていくための基礎体力を本能的に蓄えようとしているのです。大人はそれを認め、その環境を保障してあげなければいけません。何度も書いていることですが、これは保育の根本、子供の教育の根本です。

 

 

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と、また話が長くなってきたので気をつけます。実は今日の午前中はお遊戯会の総リハーサルでした。どのクラスも素晴らしい仕上がり!

 

 

 

 

成道会はもうすぐです。本番をどうぞお楽しみに!   

 

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